ラフ 『あんてん』
あんてんってあんこの天ぷらだろうか
私はそんな事を考えるような人だった
そもそもなぜ『あんてん』という言葉について考えたのかというと、
私の学校机一面に『あんてん』と書かれていたからだ
そりゃぁ見たときはすごく驚いたが、なにしろここは「ユメのセカイ」だ
これぐらいのこと驚くに足らないのだろうと思った
ユメのセカイというのは案外それがユメとは気づかないものだ
実際私も普通に学校に来たつもりなのだが、これがまたどうもおかしい
隣の家のおばさんにあいさつをしたがスルーされる
学校の門の前で他クラスの子にぶつかったがまるで私がいないとでも言うようにすたすたと歩いて行ってしまった
そう、私がいないとでもいうように。
つまりここはユメのセカイで、私は透明人間。
そうすれば何かと説明はつくのだ。
授業が始まっても誰も来ない教室
私の机のまわりだけお花畑になっている床
そして私の名前が消された出席簿
『フツウ』じゃありえないことばかり。つまりユメだ。
そればかりか『ユメ』は現実の私とはかけ離れたような事ができる
まさに『リソウ』のセカイだ
ためしに少し不良っぽい事をしてみようかなぁ
そう決断して授業中のはずの無人の教室から全速力で脱走
ついでに上履きのかかとも踏んでみる。あー痛んじゃうかな
ちょっと現実っぽい事を考えていたら前から体育の先生が歩いてきた
一瞬ドキリとして謝りそうになるがなんせここはユメのセカイ
怒られるはずないのだ
私のリソウのセカイなのだから
そういえばこの先生には散々走らされたなぁ
よし。ここでひとつ仕返しでもしてみるか
私はかかとを踏んだ上履きを手に持ち、思いっきり先生の顔面めがけて投げつけた
ぅぐっとくぐもった声を上げて先生はうずくまる
うぇーい大成功だー
先生は一瞬こちらを見たような気がしたが、私を見ているというよりは私の後ろを見ているかのようだった
ふふん。透明人間は『フツウ』の人間には見えないのだ
☆
そのあともしばらく透明人間を満喫し、ふと思い到って屋上に向かった
重く錆びついたドアを開けるとびゅおっと風が私を突き抜ける
あるのは無駄に広いスペースと青く澄んだ宙(そら)
ここだけはユメのセカイかゲンジツのセカイか分からなくなる
そんなところが好きなのだ
だがよく考えてみれば滅多に使われることのない屋上の鍵が開いていたと言う事は誰かいるのだろうか
目の前にはただマンションが見えるだけなので、ドアから死角になっているところを見ることにした
すると屋上の柵の先に独りの少女が裸足でたたずんでいた
少女はおそらく涙でぬれたのであろう頬に風を受けながらふらりふらりとなにか未練があるかのようにただただ立ち尽くしていた
…自殺…………?
私はそう思ったがここは私が創り出した私の『リソウ』の『ユメ』の『セカイ』
そんな気味が悪いことありえない
きっとユメだから空が飛べるんじゃないか?
そこの場所から異次元へ行けるのではないか?
それならすごいじゃないか
ぜひとも私もお供してみたいものだ
私は少女とは初対面のはずなのに親友のような親近感を覚え、話しかけてみようと思った
一歩一歩少女に近づくたび胸が高鳴る
最初の言葉はどうしようかな。
というか私はいつもどうやって友達と話してるっけ
そうこうしているうちに声が届く距離まで近づいた
さっきまでかろうじて頬しか見えなかった顔は少し角度を変えれば見えそうだ
やはり話しかける前に顔くらい確認しておくべきか
もし仮に少女だと思っていた目の前の人間が女装男子だったらまた対応を変えなければいけない
そう軽い気持ちで顔を
見た
その
とき
大きく揺らめいた少女が床から足を離す
少女が
少女がががががががggggggggggggggggg…………?
『 わ た し が ? 』
世界の『反転』
生死の『反転』
そして
『暗転』